未解決の問題
1. 動物の時間 (2006.8 ―「ゾウの時間ネズミの時間」 生物の時間― 改題・改定)
動物の時間は体重の○乗に比例すると言う説(例えば大きなゾウの時間は小さなネズミの時間より長く、大きな動物ほど長生きする)は、ベストセラーにもなった本で紹介され一般にも広く知れ渡った。「模型実験の理論と応用」では生物に関する相似則にも頁を割き、このテーマの理論を紹介している。ここで言う時間とは、一生の時間、心臓が一度収縮する時間、一呼吸する時間(呼吸周期)、妊娠期間等が含まれ、それらを代表して時間
T で表す。
動物の代謝エネルギーは酸素消費量で置き換えられる事が確かめられており、酸素消費量を計測し代謝エネルギーを求める。単位時間の酸素の摂取量は、単位時間における呼吸の回数 N と肺活量 V の積に比例すると考える。肺表面積は長さの代表値 l の二乗に比例し、その表面積は酸素消費量に比例すると仮定すると、、
N×V ∝ l2=W2/3 W は生物の体重
V はW に比例することが知られているから、
N∝W-1/3
呼吸回数 N は呼吸周期 T の逆数である。従って、
T∝W1/3
T は生物のすべての時間を代表するから、生物の時間は重さの1/3乗に比例する。
この理論は非常に明快で、実際の測定値にもほぼ合うことから、長らく信頼できる理論と考えられていた。しかし、20世紀動物学者の研究により、生物の時間は体重の1/4乗に比例する事が確実視されてきた。少なくても1/3乗比例は明確に否定されている。(下図参照)
酸素摂取量は肺の表面積に比例し、肺の表面積は長さの代表値の2乗に比例するという「模型実験の理論と応用」で紹介した単純明快な理論のどこに問題があるのであろうか。
この問題についてケンタッキー大学斉藤教授は「ゾウとネズミの細胞層の厚さが同じだとは考えられない。細胞層の厚さは長さの代表値の1/4乗に比例しているのではないか」と洞察した。※1
この仮定を裏付ける資料として、G.I. Barenbalttによれば※2、肺胞はフラクタル構造で肺の表面積はフラクタル次元を持つとの事である。証明されてはいないようだが、斉藤説のように肺表面積は l・l・l1/4 に比例するのであれば、
N×V ∝ l 9/4=W3/4
従って T∝W1/4
実際には、W の0.23乗から0.25乗程度の測定値が得られており、統計的にすべて0.25乗と考えても間違いではないとの説もある。※3
この頁の改定は、東京大学工学部桑名一徳准教授の資料提供と示唆を基にした。フラクタル構造については専門書、あるいは詳述されたweb
siteを参照されたい。
※1 模型実験の理論と応用第3版 p227 欄外
※2 G.I.Barenblatt, A.S.Monin, "Similarity principles for the biology
of pelagic animals", Population Biology, Vol.80, pp.3540-3542, June
1983
※3 Knut Schmidt-Nielsenl,"Scaling, Why is animal size so important?,
CAMBRIDGE UNIVERSITY PRESS, 1984
・上記和訳 下澤盾夫監訳 大原昌宏、浦野知共訳 「スケーリング:動物設計論―動物の大きさは何で決まるのか―」,
コロナ社,1995
その他生物に関する相似則を扱った一般的文献
・本川達雄著「ゾウの時間ネズミの時間」 中公新書 1992
2. 生物のスケーリングに関する謎 (2006.8改定)
生物のスケーリングに関して次の事が理論的に未解明とされている相似則で解けそうな気がするのだが、どなたか挑戦してみては如何だろうか?
(1) 動物の生息密度は動物の体重に反比例
(2) 動物の運搬コストは体重の0.3乗に反比例
(3) 繊毛で泳ぐ生物の遊泳速度は、生物の大きさに拠らないでほぼ一定
参考 本川達雄著「ゾウの時間ネズミの時間」 中公新書 1992
3. 子供の許容放射線被曝量について (2012.1)
原発事故以来、子供の許容被曝量について物議を醸している。スケーリングを長く経験した者として真剣にこの問題について考えてみたい。昨年5月にブログに記述したが、責任ある見解としてここに記述する。放射線に関しては専門外のため、一部不正確な可能性もあることを付記しておきます。
大人と同じ量の薬を子供に投与すると効きすぎてしまうし、薬物の致死量も子供は大人より少ない。この例と同様に考えて良いのだろうか。シーベルト(Sv)という単位は、単位重量(kg)あたり放射線によってなされた仕事量(J/kg)と同じようなものだと思って良いらしい。すると体重が違えば総被曝量は異なるはずで、子供が被曝した総量は大人より少ない。
それでは同じ影響かというとそうではない。放射線を体外被曝する場合、曝露されるのは体の表面であるため表面積が関係する。内部被曝する場合も曝露されるのは消化管、呼吸器や血管のの内壁であるからこれも表面積が関係する。
体重と表面積が比例すれば大人も子供も放射線による影響は同じになるはずだが、上記「1.」で述べたとおり表面積は体重の3/4乗、長さの代表値(たとえば身長)の9/4乗に比例するという仮説が統計的に裏付けられている。小さい子供と大きい大人を比べると、体重の比に比べ表面積の比は小さい。相対的に子供は大人に比べ表面積の割合が増し被曝の影響が強く出てしまう。
一方被曝による影響は体の新陳代謝速度に比例すると考えられる。新陳代謝速度も動物の時間(T)を代表しており、その時間は体重の1/4乗に比例する。すると体が小さくなると新陳代謝は速くなり、大人より子供の方が早く放射線の影響が現れ易いことになる。
従って子供は大人に対し、被曝する表面積が相対的に広いこと、新陳代謝が早いこと、この二つの影響を受けてしまう。
身長による被曝の影響を計算したのが右図である。横軸に身長、縦軸に身長160cmの人を基準にした影響度を示す。身長100cm程度の小学校就学時では大人の2倍、身長60cmに満たない幼児では大人の4倍以上の影響が出る。
子供の許容放射線被曝量が大人と同じで良いはずは絶対にない。大人の年間許容放射線被曝量は20mSvとなっている。この値は大きすぎると言う専門家が多いが、私はこの点についてはわからない。
注:身長によらず、体型はすべて幾何学的に相似とした上での試算。