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 Introduction (模型実験論入門)
 模型実験を簡単に言ってしまえば、模型を作って本物の性能、特性、現象を推定する事である。本物が大きすぎて測定できなかったり、何度も作り変えて試験するのにお金がかかるために行われ、時間を変えたり、密度を変えたり、時には重力まで変えて実験しやすいように工夫する。
 幾何学的に相似にすることも無論重要であるが、力学的に相似となる条件「相似則」(Scaling laws; model rules)を導き出す学問であり、幾何学的相似は絶対条件ではない。
 身近にある問題を模型実験論で考えてみることにしよう。模型実験とは何であるか理解していただくのに、それが一番簡単な方法だと思う。

1. ラジコンカーのスケールスピードは縮尺比の逆数を乗じて良いか?
 ラジコンカーは楽しい。自分でそんな風に運転してみたいとは思わないジャンプや、4輪ドリフト走行もさせられる。カラフルな箱やカタログには、縮尺、最高速度と共にスケールスピードが書かれている事がある。
 縮尺1/20で15km/hで走るのなら、スケールスピードは20×15=300km/hとなるらしい。しかし、ちょっと考えてみよう。300km/hで曲がったり、ジャンプしたらどんなことになるのか、2mmの段差なら20倍すると40mmに相当するはずで、300km/hで走れるはずは無く、路面も同一尺度なら鏡のようでなければならないはずだ。
 大きさ(長さ)だけでなく、少し力学的に考えてみる。車の動きはすべて慣性力で支配されている。また常に重力を受けている。その他にもばね力や粘性力の影響を受けるが、慣性力、重力に比べて小さいので、ここでは考えない。タイヤと路面の摩擦力は本物もラジコンカーも同じとする。
 結論だけ言うと本物とラジコンカーに働く、慣性力と重力の比(フルード数と言う)が等しければ、途中の計算は略すが、速度の二乗と大きさ(長さ)の比が等しければ、本物とラジコンカーの運動は相似となる。縮尺1/20で時速15kmなら、本物の車に換算すると67km/hとなる。
 この大きさのラジコンカーをフルスピードで走らせ、急旋回させるとスピンしたり横転するから、この67km/hと言う答えは本物の挙動を考えると、誰でも納得できる数値ではないかと思う。
 飛行機も同じ考え方で良く、軽飛行機が150km/hで離陸できるとしたら、長さ10倍の大型旅客機の離陸速度は約500km/hとなる。それでは困るので、大型飛行機の翼にはフラップやスラットと言った複雑な高揚力装置が必要となる。

2. 鉄道模型のスケールスピード
 20年近く昔になるが、私も一時鉄道模型に凝ったことがある。静かに鉄道を走らせる楽しみはダイナミックなラジコンカーとは違った魅力がある。レイアウトを作るのも楽しみであり、編成を変えたり、複線にして擦違いや追い抜きも実車さながら、さらには線路にセンサを埋め込んでATCに挑むと言った楽しみ方もある。
 ただ、実車、実景と違うのはレールにカント(カーブで外側のレールを内側より高くする)を付けない点である。これは見ていておもしろくない。カーブにかかれば車両も内傾して欲しい、と思うのがマニア心理と言う物だ。ところが自分で加工すれば良いのだが、売られている曲線線路はフラットで、それでも車両は外側に倒れたりはしない。
 模型実験理論を使って検証してみよう。この場合も支配しているのはラジコンカーと同じフルード数で、同じ考え方で良い。Nゲージの尺度は1/150であるから、実車で100km/hで走っていれば模型は100km/h÷150^0.5=8km/hで力学的に相似となる。鉄道模型
 ところが、鉄道模型で走らせている速度は、せいぜい歩く速さだから4km/h以下である。力学的実車換算50km/hになってしまい、カントが無くても脱線もしない。
 レールの継ぎ目を越える「ガタコン」と言う音の感覚を本物と合わせるなら、速度も大きさの縮尺比に合わせ、100km/h÷150=0.66km/hにすればよい。
 ラジコンカーはダイナミックな挙動を楽しむ物であるが、鉄道模型は雰囲気を味わう物であり、力学的に相似であることよりも、時間が一致しているほうが好ましい。

3.怪獣映画での特撮方法
 最近の特撮は実写と区別できないくらい巧妙になってきた。しかし、一昔前の特撮ではセットが貧弱だったこともあるが、高層建築物が壊れる速さが異常に早く、それだけで模型と知れた。
 それでは、おかしくない速さは計算できるのだろうか? 重力加速度は地球上ほとんど同じであり、これを変えるわけには行かない。月へ行って撮影するとか、急降下する飛行機内で撮影する方法も無いわけではないが。
 怪獣がビル屋上のタンクを破壊して地上に落としたとする。この場合もタンクに作用するのは慣性力と重力であり、1. 2.の例と同様フルード数を考えれば良い。20m上から落下するまでに、空気抵抗を無視して計算上約2秒かかる。
 速度の二乗と大きさ(長さ)の比が等しいという関係から、速度を(長さ/時間)で置き換えると、時間の二乗は大きさに比例となる。言い換えれば大きさの平方根に時間が比例することになる。
 20mのビルを2mの模型ビルで撮影したとすると、10^0.5=3.16 となり、2秒÷3.16=0.6秒と言う答えがでる。撮影は3.16倍の高速度撮影を行うか、ビデオを3.16倍ゆっくり再生すれば本物の時間と同じになり、力学的に相似で時間的に本物と同じになる。
 2mの高さからの落下時間を計算すると、当然の事ながら約0.6秒となる。 

4.黄砂の落下速度、花粉の落下速度
 春先日本人を悩ませる黄砂と花粉、このどちらの方が空中浮遊時間が長いのであろうか。普通考えると黄砂は鉱物であり花粉は植物で軽いから、花粉の方が長く空中にとどまっていると思う。ところが、どうやら黄砂の方が浮遊時間が長そうなのである。
 黄砂は平均直径10μm、比重約2であるのに対し、スギ花粉は30μm、0.7程度だそうである。今までの例と違い、このくらいの粒子では粒子や空気の慣性力はほとんど影響せず、空気の粘性力が支配的となる。慣性抵抗と粘性抵抗のどちらが支配的か見極めるには、慣性力と粘性力の比、超有名なレイノルズ数を算出することによりある程度見当をつけられるが、信頼できる参考データが無い場合、自分で実験するしかない。黄砂や花粉のように目に見えないくらいの極小さな粒子の場合は、粘性抵抗と考えて良い。
 微粒子が空気中を落下する場合、粒子回りの空気の粘性力と粒子に加わる重力が釣り合っているため、粒子回りの空気流れは相似となる。粒子形状が相似であるということは前提である。
 粘性力は空気の粘性係数(温度や圧力で変わる)と粒子直径と落下速度の積であり、粒子に加わる重力は質量に重力加速度を乗じたものである。この両者の比を取ると、同じ雰囲気、重力下では密度と直径の二乗の積を落下速度で除した値となる。この比の値が一定であることが相似条件だから、各々の値を代入すると、黄砂と花粉の落下速度の比が求まる。
 計算すると花粉の方が黄砂より約3倍早く落下する。黄砂が中国大陸から日本前まで6日間浮遊(正確なところは不明)したとするなら、花粉は2日間浮遊していることになる。
 球形粒子の最終落下速度(Terminal velocity)は、多くの研究によってほぼ正確に計算できる。レイノルズ数を求め、抵抗係数を出し、ストークスの式などちょっと面倒な計算をすると、黄砂の落下速度は21m/h、花粉の落下速度は68m/hとなり、相似則で求めた落下速度の比1:3とほぼ合っている。
 このように相似則を使う事によって、十分な専門的知識が無くてもある程度現象を把握することができると言える。これはあまり注目されていないが、模型実験理論の極めて実用に即した応用例である。

 ちなみに、花粉の落下速度から考えると、標高1,000mの山で飛散した花粉が平地に落ちてくるまで約15時間を要する。平均風速5m/sで15時間というと、270kmに達し、ほとんど日本列島から出てしまう事になる。風には上昇気流も下降気流もあり、単純に落下速度を考えるのはあまり意味が無いかも知れない。

以下続く
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